東京高等裁判所 平成9年(う)1195号 判決
被告人 藤井優
〔抄 録〕
記録によると、本件覚せい剤の押収の経過として、次の事実が認められる。
1 警視庁四谷警察署(以下、「四谷署」という。)所属の佐藤和則巡査部長ほか警察官七名は、平成八年四月八日午後〇時二〇分ころから、被告人が当時居住していた東京都渋谷区笹塚所在のホテルA五〇八号室内において、被告人と辛光子(以下、「辛」という。)立会いの下、被告人に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反(けん銃所持)の捜索差押許可状に基づき捜索を開始した。佐藤巡査部長(以下、「佐藤」という。)は、捜索開始後まもなくして、室内の備え付けの机の上にナイフ類を発見したが、捜索中に被告人がこれを用いて自傷他害に及ぶことをも懸念し、被告人に対し、「このナイフの所持理由等については後で尋ねるが、護身用に持ち歩くなど事件性がなければ返還する。」旨告げたところ、被告人は、「いいですよ。趣味で持っている物ですから。」などと述べ、ナイフ類の任意提出を承諾した。そこで、佐藤は、机の下にあった手提げ紙袋の中にこれを保管することとし、その中に何も入っていないことを予め確認した後、ナイフ類を右紙袋に入れてこれを領置した。次いで、佐藤は、同日午後〇時二六分ころ、同室内のベッド上に置かれた緑色紙袋の中から、タバコの箱に入れられた覚せい剤三袋を発見した。予試験の結果、これが覚せい剤であることが判明したため、同日午後〇時四五分、辛と被告人を覚せい剤の共同所持の現行犯人として逮捕した。
2 その後も、右令状による捜索と併行して現行犯逮捕に伴う捜索が行われ、その過程で西清志巡査部長が机の下の右紙袋が置かれてあった辺りにポーチを発見した。佐藤は、右ポーチの上部中央のチャックを開けて、その中にパッキングされた注射器、ビニール袋一束、錠剤二錠等があるのを発見し、被告人に対し、右錠剤について「これはエクスタシーではないか。」と尋ねると、被告人は、「そんなもん、市販で売っているものですよ。全部提出しますよ。」と答えた。佐藤は、覚せい剤の共同所持で既に被告人を現行犯逮捕していることから、ポーチの内容物については署に持ち帰って確認すればよいと考え、被告人の承諾の下にこれを前記のナイフ類の入った紙袋に入れて、高橋貞之巡査(以下、「高橋」という。)に手渡した。本件捜索においては、これらの他に、電子秤や、裏ビデオ等も発見されたが、これらも併せて被告人の承諾を得て、四谷署に持ち帰った。
3 被告人と辛は同日午後一時二五分四谷署に引致され、それに引き続いて、佐藤は、被告人からの弁解録取等所定の一連の手続を行い、これを終えた後の午後四時五分ころ、前記紙袋を証拠品専用金庫から取り出し、ポーチの中を確認するため、捜索の現場では開披していなかった外側ポケットのチャックを開けたところ、その中から緑色の口止め式ビニール袋(以下、「緑色ビニール袋」という。)に入った覚せい剤一袋、ガラス製の注射器一式、手製へら、ビニール袋等を発見した。
4 佐藤は、翌九日、一〇日は被告人の尿の任意提出の説得、強制採尿の令状請求の準備等に従事し、一一日は勾留質問手続のため被告人が日中不在であったことなどから、四月一二日になって、緑色のビニール袋及びそれに在中の本件覚せい剤を被告人に初めて示し、被告人に任意提出書の作成を求めたところ、被告人は、これに素直に応じ、ポーチ及びその内部の一六点の物品についての任意提出書に署名し、その提出者処分意見欄には、いずれも「いりません」と記入したが、その際、佐藤がポーチを開披して本件覚せい剤を発見したことについて何ら異議等を述べることはなかった。
《中略》
以上に認定した本件捜索の経過からすると、佐藤は、捜索現場で発見されたポーチの中から錠剤、注射器等を発見し、ポーチ及びその内容物について、現行犯逮捕した覚せい剤共同所持事件の証拠物として被告人から包括的に任意提出を得たものと認められる。仮に、被告人が任意提出に同意したのは、右ポーチの内容物のうち、現場で示された錠剤等の物品についてであって、捜索の現場で示されていない外側ポケット内の内容物までは任意提出の対象には含まれないと限定的に解したとしても、捜索現場での被告人の前記言動や、その後任意提出書の作成にも異議なく応じていることなどからすると、被告人は、本件捜索の時点でポーチ全体の占有を警察に移転し、警察官が署内でポーチを開披して内容物を見分することについて少なくとも事前に承諾したものと認められる。したがって、佐藤が外側ポケットのチャックを開けて内容物を取り出したことは、被告人の事前承諾に基づくものであり、任意捜査として許容されるべきものである。そして、前記のとおり、被告人は、四月一二日の時点で、本件覚せい剤を含む内容物について書面により任意提出しているのであるから、いずれにせよ、遅くとも同日には押収がなされたものといえ、その押収の経過は適法というべきである。
(米澤敏雄 山室惠 多和田隆史)